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浦和地方裁判所 昭和49年(ワ)85号 判決

原告

平林深水

右訴訟代理人

舟橋一夫

岡田優仕

被告

野口和雄

右訴訟代理人

真野昭三

井上勝義

被告

大宮市

右代表者市長

馬橋隆二

右訴訟代理人

藤倉芳久

主文

一、被告野口は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和四九年三月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告野口に対するその余の請求及び被告大宮市に対する請求を棄却する。

三、訴訟費用は、原告と被告野口との間に生じた分を五分し、その一を被告野口の、その余を原告の負担とし、原告と被告大宮市との間に生じた分を原告の負担とする。

四、この判決は、一項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

第一被告野口に対する請求について、

一原告が大宮市宮原町三丁目一二七番所在地327.27平方メートル及び同町三丁目一二八番所在宅地62.80平方メートルの二筆合計390.07平方メートルの原告宅地上に木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅一棟建坪90.01平方メートルの原告家屋に、家族と共に居住してきたこと、被告野口が、原告宅地の南東側に隣接する同町三丁目一二九番所在の宅地195.04平方メートルの被告野口宅地に、昭和四七年四月鉄骨造三階建共同住宅、即ち本件アパートの建築に着手し、これを完成させたことは当事者間に争いがなく、原告宅地及び家屋と被告野口宅地及び本件アパートの相互の位置関係は概ね別紙略図のとおりであることは弁論の全趣旨により明らかである。

二〈証拠〉によると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

1  原告は、昭和三七年四月勤務先会社を定年退職するのに備え、昭和三六年七月頃原告宅地を購入して原告家屋を建築し、これに居住して老後の生活を送つてきたのであるが、原告家屋を建築するに当つては、家屋前庭を広くとり、十分日照及び採光等を配慮すると共に、草木を植えるなどして老後の居住生活を送るのに適したものとした。

2  一方本件アパートは、原告宅地の約半分の面積の土地に、建物周辺に最少限の空地を残すだけの状態で建築され、原告宅地との境界線との距離も約0.76メートル程度であつた。

3  原告宅地、家屋の存する地域は、本件アパートのような共同住宅は勿論、旅館、病院、公衆浴場、専用店舗、飲食店及び料理店ならびに作業場の床面積五〇平方メートル以下の工場等の建物の建築の許容されるいわゆる住居地域に該当するところである。

4  ところで、原告宅地、家屋は、国鉄高崎線宮原駅南東約五〇〇メートルのところに存するところ、右駅周辺は商業地域となつており、又原告宅地西方約七、八〇メートル先を南北にわたり、高崎、上信越線の国鉄路線が走り、その西側地域は工業地域及び工業専門地域となつて、各工場が集中している。さらに同地域は、埼玉県最大の商業地大宮の中心部から約三、五〇〇メートルのところに位置していることもあつて近年人口が増加し、新興住宅が急増し、順次建物の中高層化、密集化が見込まれる状況にある。しかし、本件アパート建築当時においては、原告宅地周辺付近一帯は、三階以上の建物が殆んどみられず、比較的低層建物が並び畑地、雑木林、雑地なども散在する静かな環境の住宅地であつた。

5  被告野口は、本件アパートを建築するに当り、昭和四七年一月三一日被告大宮市の建築主事に対し建築確認申請をなし、これを受理した建築主事嘉山忠彦は、その審査の過程において、被告野口に建築関係法規上不備不適当な点を是正させるなどしたものの、結局右申請にかかる建築計画の内容が右法規に適合するものであつたところから、同年三月二八日右確認の通知をした。

6  被告野口は、本件アパートの建築着工に先立ち、原告を含む一部近隣居住者方に建築着工のあいさつ廻りをしたが、その際原告ら近隣居住者に建築建物の規模等については特に知らせることはしなかつた。原告は、本件アパート建築工事が着工されるに及んで初めて全く予期していなかつた三階建建物が建築されるものであることを知り、早速三階建建物の建築禁止の措置を講じて貰うべく、近隣居住者数名と共に大宮市長にその旨の陳情をなした。そこで、被告大宮市の建築主事兼建築指導課長の前記嘉山は、本件アパートの建築問題解決のため、原告と被告野口との間で話し合いすることをあつせんすると共に、その話し合いの期間被告野口において本件アパートの建築工事を中止するよう求め、被告野口は右要望に従つて右工事を中止した。かくして、同年四月初め頃から翌五月にわたり、原告と被告野口との間に右嘉山立会のうえ数回会合がもたれ、話し合いが重ねられたが、原告があくまで全面的に二階建に変更することを主張するのに対し、被告野口は二階建に計画変更することには応じられないとして譲らず、結局話し合いは平行線のまま経過した。そこで被告野口は、それ以上話し合いを重ねても解決の見込みがないと考え、同年六月、本件アパートの当初の建築計画が総三階建であつたのを、自発的に三階部分東側端一三坪(一世帯分)を計画から外して建築工事を再開し、前記のとおり本件アパートを完成させた。

三〈証拠〉によると、原告宅地及び家屋は、本件アパート建築前は、日照、採光において何ら阻害するものがなかつたこと、本件アパート建築後原告家屋開口部への日照は、正午近くまで全く阻害され、正午において西側(厳密には西南西)開口部の極く一部、午後一時において中央部から西側全部に日照が確保され、午後一時半前後以降においては概ね家屋に対する日照阻害がなくなること、又原告家屋前部空地部分(庭)は、正午頃までは殆んど日照が阻害され、時間の経過により日照の確保される部分が増加し、午後三時においては東南部の一部を残して日照が確保されることとなることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠がない。

右日照阻害の程度に応じ、これに伴つて原告家屋及び宅地の採光も減弱することは容易に推認できる。

なお、原告の通風阻害の主張については、具体的な阻害の程度を認定できる確証がない。

四原告家屋及び宅地に対する本件アパート建築による前記日照等の阻害が受忍の限度を越えるものであるか否かは、結局のところ、日照等阻害の程度及びその態様、原告住居地の地域性、加害者、被害者双方の土地利用関係における利害の不均衡の程度その他諸般の事情を考慮して、法的保護の必要性との関連において決せられるべきものと解せられるから、以下この観点にたつて右の点について検討する。

一日中で最も有効な日照時間と認められる午前九時から午後三時までの間において、原告家屋に日照が確保されるのは午後一時過ぎ以降の二時間弱であること、右程度に日照が確保されているのも、原告家屋が被告野口宅地との境界線から約九メートルもの距離を置いて建築されていることによるものであること、原告は、本件家屋を右前庭と一体として居住生活に供しているものであるところ、前記有効日照時間において右前庭も原告家屋に対する日照阻害に相応して日照阻害を受けていること、原告家屋周辺地域は、将来建物の中高層化ないし密集化が見込まれるとしても、現在においては未だその状態に達しておらず、特に三階建以上の建物は殆んど存していないことの各事実に、前記認定の本件アパート建築前後の経過等を併せ考えると、原告宅地及び被告野口宅地の地形等を考慮に入れても、原告が本件アパート建築によつて受けた日照等の阻害は、受忍限度を越えたものと認めるのが相当である。

五原告は、さらに、本件アパート居住者による騒音等の被害を受けている旨主張するが、原告宅地、家屋が共同住宅の建築が許容される地域にある限り、その居住者の日常生活によつてもたらされる騒音等は、特に異常なものでない限り受忍すべきものというべきところ、証人平林えいの証言、原告本人尋問の結果は、本件において本件アパート居住者による騒音等が特に異常なものであると認定するに充分なものでなく、他に右事実を認定するに足りる証拠がない。

六本件アパート建築前後の前記経過に徴すれば、被告野口は原告に対し、前記日照及び採光について生活妨害を与えることを認識して本件アパートを建築したものと認められるから、被告野口は原告に対する不法行為責任を免れないというべきである。

七ところで、原告は、右不法行為による損害として土地価額低下による財産的損害を挙げているのであるが、日照阻害が不法行為を構成するものとしても、通常は一定の土地に、所有権その他の利用権を有する者が、その権利の行使としてその土地上に建物その他の工作物を建設することが、一面他の土地の利用者に対し日照等を阻害することになるということであるから、その権利侵害は消極的なものであることが明らかである。従つてこの場合、不法行為による損害といつても、権利侵害の特殊性からして画一的に算定されるべきものでなく、結局は土地利用者双方の利害の調整を根底において諸般の事情を考慮して妥当な金額を算出すべきものと解すべきである。そうすると、財産的損害としての法的構成において妥当な額を算定するのは困難であることが明らかである。もとより、原告主張のように、日照等による原告宅地の価格低下に相当する金額を単純に本件不法行為と相当因果関係ある損害額とするのは相当でない。結局本件のような日照阻害による損害は、専ら慰藉料としての構成をとるのが妥当であるから、原告の右主張は採用できない。

八そこで、原告の慰藉料額について考えるに、原告に生じた日照等被害の態様、程度その他の原告側の事情、本件アパート建築の建築基準法等関係法規上の適合性その他の被告側の事情その他前記認定の諸般の事実を綜合すると、金一〇〇万円をもつて相当と認める。

九以上によれば、被告野口は原告に対し、右損害金一〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四九年三月三日から右完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務あることが明らかである。

第二被告大宮市に対する請求

(被告大宮市の本案前の主張に対する判断)

建築主事が建築基準法第六条第一項の規定に基づいてなす確認その他の行政処分は、建築主事自体が行政庁として独自の職務権限に基づいてなすものであり、被告大宮市は右処分自体に関与することが許されないものではあるが、しかし、被告野口に対し本件建築確認をなした建築主事は、被告大宮市がその建築基準行政を担当させるため同法第四条第二項の規定によりこれを設置したもので、被告大宮市の公務員であることが明らかであるから、右建築主事がその職務執行につき違法に他人に損害を与えた場合は、被告大宮市は国家賠償法第一条によりその損害を賠償すべき義務があるというべきである。

従つて、被告大宮市の被告適格がない旨の主張は採用できない。

(本案についての判断)

被告大宮市の建築主事嘉山忠彦が、被告野口から本件アパートの建築確認申請につき、申請にかかる建築物の計画が建築法令に適合するものと認めその確認をなしたものであることは、被告野口に対する請求に関する前記判断において示したとおりである。ところで、原告は、右建築主事が右確認するに当つては、近隣居住者に対する日照被害の有無を調査し、その被害発生の虞れがあるときは、申請者が当該近隣居住者の同意を得たかを確認し或いは日照被害の発生の虞れのないような内容に建築計画の変更を命ずべき義務がある旨主張するのであるが、建築主事に建築法令上右のような義務が課せられていないことは明らかである。むしろ建築主事が法令の根拠なく、建築法令に適合する建築計画について変更を命ずるようなことは許されないというべきである。なお、本件建築後、被告大宮市に「中高層建築物に関する指導要綱」が制定施行されたところ、右要綱によつても本件アパート建築は行政指導の対象とならないものであることは弁論の全趣旨により明らかである。

そうすると、原告の右建築主事の義務違反の主張はそれ自体理由がないから、その余の点について判断するまでもなく原告の被告大宮市に対する請求は失当というべきである。

第三結論

よつて、原告の被告野口に対する請求は前記認定の限度で理由があるので認容するが、被告野口に対するその余の請求及び被告大宮市に対する請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(柿沼久 雨宮則夫 吉田恭弘)

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